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ゲーテの像

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ローマには何故か「ゲーテの像」があります。
ゲーテと言えばドイツ人で
何故イタリアに「ゲーテの像」があるの???
と思う方も大勢いるでしょう。
しかし「ゲーテの像」はイタリアはローマ
ポルケーゼ公園に、さりげなく建っているのです。
しかしながら、この「ゲーテの像」余り人気がないみたいで
見物客どころか、銅像に止まるの大好きな鳩さえも「ゲーテの像」
止まっていません。
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まぁ、それはそれで、何故この「ゲーテの像」が
ローマにあるのかな???
調べてみると
ゲーテはイタリア大好きで、特にローマが大好きだった
みたいで、休職してまで、ローマに旅行しにいったみたいです。
それも何年も。
その体験をもとに「イタリア旅行記」
って作品も残しています。
まあ、おそらくそんな訳で「ゲーテの像」はローマにあるのでしょう。
「ゲーテ博物館」なんてのもローマにはあります。
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);">「私のローマ滞在について理由を説明することはますます困難になる。
海に入って行けば行くほど深くなるものだが、
この街の観察も同様なのだから。
過去を知らないで現在を知ることはできない

しかし、両者を比較するには、時間と落ち着きが必要である」



さすがのゲーテが語ります。
しかしこんなゲーテはある人に
「何をそんな考えてるの?ふけるだけだよ」
と駄目だしされた事があるみたい・・・・・・・

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by romanphoto | 2010-11-30 21:24 | 観光スポット

ポンペイ駅を降りてから
まったくチンプンカンプンな方向へ行ってしまった私・・・・・・
歩くこと2時間やっとポンペイ遺跡の入り口を発見。
第二の被害者が出ないようにFS線ポンペイ駅から
ポンペイ遺跡までの、行き方を説明すると
ポンペイ駅を背に直進します。
すると教会らしき建物のある広場に出ます。
そこを左折します。
その道には露店が多数出店しています。
歩くこと数分その道の右側にポンペイ遺跡の入り口があります。
要するに直進して左折それだけの道順です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それに迷う自分って何か可愛い053.gif
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そしてこれがポンペイ遺跡に向かう途中私の前を歩いていた犬と男性?です。
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この写真はポンペイ遺跡の入り口のあたりです。
迷って疲れたおかげでエントランスの写真を撮るのを
忘れました。
そんな自分が愛らしいく感じます。056.gif
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そしてこのポンペイ遺跡の中
遺跡以上に気になったのは
犬がいっぱいいる事
しかもほとんどの犬が昼寝ばかりしています。
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たまに起きててもリラックスした態勢です。
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たまに立っていてもおじさんになでられています。
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悲劇の街、ポンペイより。


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by romanphoto | 2010-11-27 21:29 | ポンペイ

テルミニ駅と列車

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フィウミチーノ空港~ローマテルミニ駅まで
この写真のレオナルドエキスプレスに乗り約30分。
14ユーロとられます。昔はもっと安かった気が・・・
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テルミニ駅、永遠の都ローマの中心駅だけあり1番線から29番線まであります。
実際下の写真を見るとその大きさがわかります。
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そして色々な列車が停まっています。
結構落書きされてる列車も多いです。
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駅の中は人がいっぱいです。
ただ朝の新宿駅みたく、「歩けないよぉー」って
程の混雑ではありません。
ただ地下鉄の方は状況次第によっては
ホームで人があふれるときがあります。
それはそれでこの駅「夜になると暗いんだよね」・・・
何か調べ物をしたい時とか
駅の構内の明かりじゃ上手く見れないから
お店の光を求めてお店の前で調べごとって感じになります・・・
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テルミニ駅に望むこと。
もう少し明るくして下さい。(省エネかな?)
ローマの列車に望むこと
バリアフリーを望みます。(ホームが低いというのも理由)
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by romanphoto | 2010-11-23 11:57 | コラム

ティベリウス

アウグストゥス亡き後の
皇帝に選ばれたのはティベリウス。
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母はあのリヴィア・ドルシラ
父はティベリウス・クラウディウス
皇帝になったのは彼が54歳の時でした。

ティベリウスとはどのような皇帝だったのでしょうか。
かなり無愛想で、気に入らないことがあると
相手を殺したり、カプリ島に引きこもったり
なかなかたちの悪い皇帝だったらしいです。

しかしこの人は軍人としては優れていて
その成果が認められ執政官にもなる。
しかしその為かアウグストゥスの娘「ユリア」との政略結婚を
命じられ、最愛の妻ウィブサニアとの離婚を強要される。
第一次カプリ島引きこもりをおこす。

そしてその8年後彼はローマに復帰
そしたらアウグストゥスの後継者候補が
次々と死亡。ティベリウスなんと皇帝になる。
始めのうちは庶民に対し愛想よく振舞っていたが
持ってる性格は性格で
次第に無愛想になる。
また皇帝業にいやけがさした彼は67歳のとき
またカプリ島に引きこもる。
公的な指示はカプリ島から使者をローマに送り
伝えていたらしい。
結局77歳で死ぬまで彼はカプリ島に引きこもっていました。

晩年の彼は猜疑心が強く、自分の顔の入った硬貨を持って
トイレに入っただけで、そのものに対し有罪判決を下したり
同性愛の味を覚え、多数の少年と行為にふけっていたなどとの
噂もある。
実際彼が死んだときはローマ中大喜びだったらしい。

しかし、こんな皇帝でもローマが大火になった時には
沢山の支援金を支給したり
消費税を少なくしたりと
いい行いもかなり行っている皇帝である。

これだけ悪評が立ったのも
初代が偉大すぎたのも原因ではあるし
また彼自身が無愛想すぎたのも
原因であったのでしょう???

ちなみに日本語で「ひどい」という意味の
「テリブル」はこの皇帝「ティベリウス」から
きているらしいです。
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by romanphoto | 2010-11-21 21:05 | ローマ皇帝

アウグストゥス2

今回はアウグストゥスの近辺にいた人達を紹介します。
まずはアグリッパ
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アウグストゥスは政治の能力は非常に高かったのですが
戦場での指揮官としての能力はさほどではなかったようで、
アウグストゥスの右腕アグリッパは
戦場での指揮をとっていました。
アウグストゥスの欠点はアグリッパが補うという感じです。
*補足*
アグリッパを女らしい名前にしたアグリッピーナという
名の女性がこの後のローマには大なり小なり多数出現します。

次にリビア
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アウグストゥスの二番目の妻で
86歳まで生きる。また二代目皇帝ティベリウスの母でもあります。
一説によるとアウグストゥスは自然史ではなく
このリビアが毒殺したとの噂もあったり
本来皇帝候補でも4,5番手だった
ティベリウスが皇帝になったのも
1~3,4番手の皇帝候補にリビアが何か毒でももり
わが息子ティベリウスに皇帝への道を作ったとの
噂もあるようです。
しかし息子には嫌われていたようで
葬式にすら息子は参列しなかったそうです。

次にアントニウス
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アウグストゥスよりもはるかに年上な事もあり
カエサルの後を継ぐのはアントニウスと思われていたのですが。
カエサルに後続人に選ばれず、元老院議員などにも
あまり人気がなかったようです。
そのかわり兵士たちには人気があったそうです。
エジプトで女王クレオパトラといちゃついてる
うちに、ローマでの人気ががた落ちになり
最後はオクタビアヌス(アウグストゥス)の軍団に戦争を仕掛けられ
追い込まれたアントニウスは自殺をします。

次にこれは誰でしょう??
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知りません・・・・・・・・

次にブルータス
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あのカエサルを暗殺した人として有名です。
一見悪役のようですが、共和政ローマを
守ろうと頑張った訳なので、立派な人だと思います。
共和政ローマ~帝政ローマに変わる激動の時期に
生まれなければ、もっと違った人生もあったのでしょう。
ケーキ職人とかにもなれた筈です。

次にカエサル
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アウグストゥスはカエサルの妹の息子になります。
カエサルの敷いたラインをアウグストゥスが
確実なものにしていった訳です。

最後にクチカラフンスイアヌス
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ここで使ってる写真の一部を撮った「アラパチス」
の近くにあったなんかおっかない水道です。

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by romanphoto | 2010-11-20 11:42 | ローマ皇帝

ローマの空

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小さな頃から何故か空を眺めるのが好きでした。
空を見てると、色々な空想の翼が広がります。
「人は死んだらお星様になるのよ」
何気にロマンチストな母が五歳児だった頃の私に語りかけます。
リアリストな五歳児の私は、「人が死んでなんで星に生まれ変るの???」
って感じだったのですが
今ならわかる気がします。
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自分は死んだらどんな星になるのかな???
あの人は死んでどのような星になったのかな???












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by romanphoto | 2010-11-18 22:26 | OTHERS

ポポロ広場

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今回紹介するのはポポロ広場です。
ポポロ広場の場所は地下鉄A線FLAMINIO駅を降りてすぐの所にあり
少し歩けばヴァチカンにも出れるし、スペイン広場近くのブランドゾーンにも出れます。
また少し散歩をしたくなれば、ポルケーゼ公園をぷらついたり
テヴェレ川沿をウオーキングするのもよしと、
この公園を中心に色々な行動パターンを作れます。
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そしてこの公園の脇には階段があり
そこを登っていくと「ピンチョの丘」という名前のかわいらしい丘があります。
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そこから見た、ポポロ広場はこんな感じで
ローマを一望とまでは行きませんが、かなりローマを一望できます。
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ちなみにピンチョの丘の中はこんな感じです。
丘というだけあって、少し上まで登るのは疲れますが
いい景色が見れるので、よしとしましょう024.gif
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by romanphoto | 2010-11-14 21:17 | 広場(噴水)

壊れた橋

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ローマ時代に作られた橋がこの
「壊れた橋」です。
自分はこの「壊れた橋」の事を何故かずっと勘違いしていて
「壊れかけた橋」だと思っていました。
この橋を見て「壊れかけた橋じゃなくて、壊れてる橋」じゃんと心の中で
突っ込みを入れていました。
そして、家で「ローマガイド」を見ていたら唖然。
「壊れた橋」でした。033.gif033.gif
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まあそんな思い違いもあるものです・・・
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by romanphoto | 2010-11-10 22:56 | 遺跡

アウグストゥス

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ローマ帝国初代皇帝アウグストゥスとはどんな男だったのでしょうか?

○共和政ローマから帝政ローマにかえた男
○一世紀にわたり内乱に苦しんだローマに秩序を回復させた男
○アスパラガスを炒めるよりはやく仕事をやつける男
○レンガ作りの街を大理石の街として後代に引き渡した男
○そして何より「ローマ皇帝」という制度を作った男

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アウグストゥスの簡単な歴史

BC63年9月23日生まれ
本名ガイウス・オクタウィアヌス(オクタ)
叔父にあのカエサルを持つ。
その為か、本人の能力のためか、出世街道には恵まれ
16歳でスペイン遠征、18歳でパルティア遠征を行う。
パルティア遠征中にカエサルが暗殺されローマに戻ると
何とカエサルの遺言によりカエサルの相続人になる。
その後アントニウスと北イタリアで戦争。
アントニウスを負かしローマに戻り、
元老院に強引に執政官として認めさせる。
なんやかんやあってアントニウスをアクティウムの戦いで破り
エジプトをローマの属州にする
その後事実上のローマの支配者となる。
その後も巧みな戦術により
一歩一歩帝政ローマへの基礎を気付いていく。
亡くなったのは、14年8月19日(76歳)
死ぬ直前に
「この(人生という喜劇)で私は自分の役を
うまく演じられただろうか」と言って息をひきとった?

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アウグストゥスは今でも色々な本やらドラマなどにも
なっているので、興味があったら見てください。
自分のお勧めは。
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ちょっと史実とはかけ離れてるけど「ROME」ていう
ドラマがお勧め。
オクタが主役という訳ではないのだけど
ローマのあの時代をメロドラマ風にアレンジしてます。

2000年以上も昔にいた人なのに何故かこの
オクタ(アウグストゥス)は身近に感じます。058.gif
--プチ知識--
8月(AUGUST)はこのアウグストゥスから来てるのです。
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by romanphoto | 2010-11-07 19:43 | ローマ皇帝

真実の口

今回紹介するのは「真実の口」です。
「真実の口」といえば
あのオードリー・ヘップバーン出演の「ローマの休日」061.gif
を思い出す方も多いと思います。
私もその中の一人です。
「真実の口」のロケーションは
私の好きな「チルコ・マッシモ」の近くで、「マルケス劇場」の対面で・・・
まぁ、そんな場所に「真実の口」はあります。068.gif
S.Maria in cosmedin教会に「真実の口」はあるのです
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この上にある写真が「真実の口」の近辺です。
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これが「真実の口」です
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これが「真実の口」ワイドの写真です。
私は嘘ばっかつくので「真実の口」には怖くて
手入れられません・・・007.gif
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by romanphoto | 2010-11-02 22:42 | 教会